「法令順守」 ≠ 「災害防止」 

 労働災害の発生報告を受けた時、まず思うことは「被災の程度は?」、「病院へ連れて行ったのか?」、「大怪我でなければいいが…」等など。被災した労働者の身を案じます。
 ところで、事業を守るお立場からは止むを得ないこととは理解していますが、「災害に安全衛生関係法令の違反が有るか、無いか」を真っ先に心配されることがあります。そして、違反無しであれば「一安心」となります。この違反の有無は、その後の各方面への対応の仕方に一定の影響を及ぼすものですから、当然のご心配事項です。
 しかし、要らぬおせっかいですが、「違反が無くてよかった。これで一安心。後は担当者で対応してくれ。」で終わってはなりません。何よりも大切なのは、被災者へのフォローアップと確実な再発防止対策を速やかに講ずることです。
 安全衛生関係法令の違反は無くとも原因となった「重大な危険」は存在するのです。また、その違反有無と安全配慮義務の有無は別のものです。
「安全衛生関係法令が定める措置を講ずる」ことと「危険を排除(安全を確保)するために必要な措置を講ずる」ことは勿論イコールではありません。
 想像してみてください。例えば、どの業種にもある「高所作業」についてです。建設現場における足場上の作業、工場内の中二階資材置き場での作業、倉庫内の荷役作業、事務所内での脚立を用いた掃除や修理作業等など、高所作業の機会はいろいろな場面で生じています。
 この高所作業での墜落を防止するために労働安全衛生規則は「高さが2m以上の作業場所には安全な作業床を設けること。また、その作業床の端には手摺などを設けること。これらの措置が困難なときは安全帯の使用や安全ネットを設けること。」を求めています。
 高所作業では墜落による危険性が高いので、墜落防止措置を2m以上を対象として強制的にそれらの措置を求めています。
 では、作業場所の高さが1.9mの場合はどうでしょう。この場合、作業床を設けなくても、また、作業床に手摺を設けなくても、安全帯を使用させなくても、勿論、労働安全衛生規則違反ではありません。
 ところで、高さが2m以上の場所は墜落による危険があるけれど高さ1.9mの場合は墜落に関しては安全なのでしょうか。失礼な質問でした。勿論、安全であるはずはありません。1.5mならば安全なのでしょうか。そんなはずはありません。昔、安全学習の機会に「1mは一命取る」という言葉があることを教えていただきました。高さ1mからの墜落死亡事故は現に発生しているのです。
 労働安全衛生法令は刑事罰をもって安全確保の基準を規定し、措置の実行を求めています。刑事罰を科すという法律の性格上、法律が実現しようとする社会的利益と措置義務者の負担のバランスは国民の合意が得られるものでなければならないという制約の上に、措置の基準が規定されているのだと思います。
 つまり、墜落防止対策については「高さ2m以上」を刑事罰に関するバランスの分岐点としたものです。決して2m以上が危険で、2m未満を安全としたものではありません。
 勿論、安全配慮義務に関しても、無制限にその義務を事業者に課すものではないことは承知しています。諸般の事情を考慮して個別にその有無を判断するのが実務上の処理です。
 しかし「作業者の墜落」という危険が予見できるのであれば、法令が措置を求めていない高さ1.9mであっても何らかの墜落防止措置を講ずることは安全配慮義務の範疇に含まれるべきだと考えます。
 労働災害を防止するという職場関係者の共通の目標を達成するために、誰かが認識した(認識すべき)「危険」に対しては、それを排除する何らかの「対策」が講じられるべきです。「危険」の対象や判断は安全衛生関係法令の規定から生ずるものではありません。
 労働災害が発生した場合には、必ず原因となった「危険」が存在するのです。その危険から作業者が被害を受けることの無いように、事前にあらゆる手段を講じて「危険」を把握し、被害を防止するための「対策」を講じた後に作業に着手させることが「安全配慮義務」を果すことです。労働安全衛生法令に違反しないことが安全配慮義務を果すことではないのです。
 労働災害を防止するためには、労働安全衛生関係法令を遵守するだけでは十分ではありません。法令の規定に根拠を求めず、職場に存在する「危険」に適切に対処することで、立場を超えた関係者全員の共通目標である「災害防止」が実現できるのです。「災害ゼロ」が達成できるのです。
 「1mは一命取る」そこで、高さ「0.9m」の作業場所に作業床を設けて手摺を設置しませんか。

2021/01/28  (  文責 : 丸山ひろき )