何が起きているのかが分からない場合は停止すること 

 見出しの文章は、ひとつ間違えば大事故につながっていた可能性があることから「鉄道重大インシデント」として、平成31年3月28日に運輸安全委員会が発表した調査報告書に記載された「再発防止策」の中にあるものです。
 この重大インシデントは平成29年12月11日に博多発東京行き「のぞみ」が博多駅出発直後から車内の異臭、車両床下の異音等に気付きながら、結局、名古屋駅まで走行続け、名古屋駅で床下点検を行って異常を認めて運行を取りやめ、その後、詳細点検で台車の亀裂を発見した事案に係るものです。
 この調査報告書では、台車枠の製造段階における問題点、異常把握時の対応と情報共有における問題点、異常に対する措置決定段階での相互依存体質等が、原因や対策の各箇所で記述されていますが、コミュニケーション能力の向上を図るなどして相互依存に陥らないことの重要性が指摘されています。 停止
 この中で私が強く興味をひかれたのは、「運行継続の判断について」に関連して「組織的取組」部分の次の記述です。
 「…異音、異臭等がありながら何が起きているのかが分からない場合には、‘何が起きているのか分からない事態は重大な事故に結びつく可能性がある’との意識を持って状況を判断し、行動することが重要であり、そのような意識を醸成するための組織的取組を進める必要がある。車両の異常を示唆する様々な情報が存在し、かつ、何が起きているのかが不明確な状況における運行継続の判断については、司令員が、乗務員や車両保守担当者等からの現場情報や見解を収集し、それらを総合的に評価して判断を行う必要がある。その際、乗務員等と司令員との間において相互依存に陥らないように、努めて中立的な視点で情報の伝達や判断を行うよう意識して対応することが必要である。そのためには、予断を排し、正確な情報伝達を確保するためのコミュニケーション能力の向上を図ることが重要である。特に司令員においては、問いかけを行う際に運行継続が前提であるかのような誘導的な言い回しを用いないようにする必要がある。また、コミュニケーションを適確なものとするためには、人間の特性として‘異常事態のもとでも正常の範囲内であると判断して平静を保とうとする’等の心理的傾向があることを知識として理解して対応することや、情報伝達ツールを活用して現場の映像等を指令に伝達することにより情報量を拡大し、客観的情報に基づく判断を促すことも有効等考えられる。さらに、相互依存に陥らないようにするためには、指令が列車の運行継続の可否に関する権限を有していることを含め、各関係者の役割分担を明確にし、お互いに役割を理解して対応することも重要である。また、何が起きているのかが分からない場合や判断に迷う場合は、列車を停止させて安全の確認を行う処置となるよう規程・マニュアル等の点検、見直しを行い、教育訓練等により、社員への浸透を図ることが必要である。」
 重大インシデント発生の背景に「正常性バイアス(異常は認められるが、たいしたことにはならないだろう、大丈夫だろうと考える傾向)」と「確証バイアス(各種の情報が混在する中で、自分の判断、思いに沿った情報を採用しがちな傾向)」があり、我々にはこれらの「バイアス(傾向)」があることを自ら常に認識することの重要性が指摘されています。
 日ごろ、災害防止活動を展開される方々にとっても、大いに参考としなければならに指摘だと思います。

(出典)運輸安全委員会 鉄道重大インシデント調査報告書(RI2019-1)
公表資料 https://www.mlit.go.jp/jtsb/railway/rep-inci/RI2019-1-1.pdf (6.88MB)
(広報資料97ページ)5.2.3 (2)③『車両保守担当社員と指令員は運転停止に関する判断を相互に依存する状況であったことから、「異常時には現場の判断を最優先する」という価値観をあらためて社内で共有するとともに、「安全であることが確認できない場合は躊躇なく列車を停止させる」ことを繰り返し伝達した。』

説明資料 https://www.mlit.go.jp/jtsb/railway/p-pdf/RI2019-1-1-p.pdf (2.97MB)
(説明資料29ページ)再発防止対策のポイント(その2)「何が起きているのかが分からない場合や判断に迷う場合は、列車を停止させて安全の確認を行う処置(フロー)となるよう規程・マニュアル等の点検、見直しを行い、教育訓練等により、社員への浸透を図ることが必要である。」

2021/04/30  (  文責 : 丸山ひろき )